那須温泉元湯・鹿の湯は、7世紀前半、約1300年前の舒明(じょめい)天皇の御世に開湯されたといわれます。
狩野三郎行広という者が山狩の際に、射損じて逃げる鹿を追って山奥に入ると、鹿は傷ついた体を温泉で癒していました。 そこで鹿によって発見された「鹿の湯」と名づけたと伝えられています。
公式には、聖武天皇の御世である天平10年(738年)の正倉院文書のなかに那須温泉の記録が残されています。
江戸時代には、江戸在府の大名はしばしば那須温泉に湯治に出かけていました。 正保2年(1645年)に盛岡城主・阿部対馬守より将軍家に出された湯治願が残されています。これを見ても明らかなように、那須温泉は古くからの湯治場として人気を集めていました。
松尾芭蕉が「奥の細道」の旅の前半に立ち寄った温泉でもあり、殺生石の近くに「いしの香や 夏草あかし 露あかし」の句碑が立っています。
建物は明治時代、玄関は大正時代に建造され、そのままの姿を受け継いでいます。 ひなびた木造建築が、時の流れを拒んだかのような佇まいで、 はるか昔の日本の原風景にタイムトリップしたかのような感覚になります。